私の好きなディズニー映画美女と野獣のお話

美女と野獣は2017年4月に実写映画となり、主題歌であるBeauty and The Beastは歌番組でディズニー特集があれば必ず歌われるでしょう。
ディズニーストアのBGMとしてメロディーが流れれば、グッズたちにかこまれてディズニー気分も一緒に味わえちゃいます。
たらららら~♪
少しお疲れ気味かなぁ?と感じた時、心の引き出しのミュージックプレイヤーに
奏でさせると驚くほどすがすがしい気持ちになるのです。
季節の移り変わりをベースに表現されており、歌詞にも注目してみましょう。
体を縛りつけるような長く寒い冬を超え、それを解してくれるような季節の移り変わりをインスパイアさせながら愛を歌うなんて素敵です。
それにこの歌は日本語吹替でベル役の昆夏美さん&野獣役の山崎育三郎さんのデュエットバージョン、ポット夫人役の岩崎宏美さんバージョンの豪華2パターンあります。
ポット夫人が育ちゆく愛をそっと見守りながら言葉にしているシーンはとても印象的でしょう。
子供たちをそっと見守っているような母親だからこその思いやりがハートフルにアンサンブルされる1曲かもしれません。
誰もが同じような体験を繰り返しながら時を刻んでいるからこそ共感できる愛のストーリーです。
ちょっぴりシンデレラの魔法使いが私たちの記憶の引きだしに魔法をかけるストーリーがチラチラスクロールしがちになるものの、それもまた魔法でチューニングしてもらいたいと思います。
これはフランスが舞台になっている民話から飛び出してきたからだと言えるでしょう。
お城がたくさんある国だから馬車に乗って舞踏会へ向かう光景は憧れを持つ人々の注目の的だったかもしれません。
伝統的な衣装にゴクリと息をのんでしまうほどのゴージャスさに乙女心として憧れも大きいはずです。
三拍子のリズムに合わせてしなやかに踊り動くイブニングドレス、見るものをうっとりと魅了させる光を放つジュエリーが輝きます。
想像すればため息ばかりの一方、シンデレラのガラスの靴って当時の技術で作ることが難しいと思うのです。
作れてもかなりの高級品となり、王子もシンデレラにガラスでできた靴なのかと聞くぐらい珍しかったかもしれません。
魔法って素晴らしい。ビビデ・バビデ・ブー☆
でもそのきひんあふれる姿は美しく、それはどこからくるでしょう。
それを教えてくれたのはアガットで母親がいない王子は美しいものたちと宴をしている最中に訪ねてきた彼女を追いはらいました。
老婆が訪ねてきたのは一晩の寒さをしのぐためだったにもかかわらず、王子は美しくないものと判断したのです。
老婆は王子に1輪の赤いバラを贈ったものの、それすらも投げ捨てます。
その瞬間に老婆は美しい魔女になって美しさとは何か口にし、王子を野獣に変えてあらゆるものたちの記憶から城の存在を消したのでした。
でも魔女は厳しくも優しいところがあって愛し愛されれば魔法が解けると言い残し、それが理解できるまでの時間をバラにかけました。
人に好かれるための魅力として目に映る美しさが強みだったにも関わらず、それを失ってしまったなら代わるものは何かあるか難しいでしょう。
そのころ、村で一風変わった女性と周囲から噂されていたのが主人公ベルになります。
文字が読めて本も大好きで特別な出会いがきっと訪れると信じ、彼女には教養があったのです。
もう1人、一風変わった女性として物ごいアガットと呼ばれていた老婆が暮らしていました。
少し距離を置きたくなっちゃう関係という雰囲気があるとしたら2人はその対象になるのでした。
そんなのは気にしない?気づいてない?
特にスポットライトを浴び続けるベルは相手がどのような身なりであり、どのように思われているか知っていてもけっして馬鹿にはしません。
互いに理解し合う大切さを知っており、これこそがベルの美しさと思ったのです。
だからこそ野獣と向き合え、頭でわかっていてもなかなかできないことと思います。
そういえばベルの父のおもしろい一面に出会って城のマグカップに話かけられたから驚いて逃げたのにも関わらず、その敷地に咲いていたバラを彼女のためにと持ち帰ろうとしていたのでした。
気持ちの切り替えが早すぎでその罪で捕らわれた父の身代わりとなったベルはここで野獣と出会います。
父は後先短い身であるからと自ら残ることを選び、ベルは体が冷たくなっていた彼の身代わりになることを決意したのでしょう。
こんなことができるのは言葉で表せない特別な思いがあるからかもしれません。
アレ、考えてみるとベルと野獣はどちらも捕らわれの身ですよね。
ベルは自由を野獣、彼も姿を魔女にコントロールされています。
となると必然的に2人で今の状況をクリアしなければ自由が戻らないことになるでしょう。
魔法のバラは刻々と枯れていくばかりで焦りと諦めモードがチラチラと見え隠れしているのが感じ取れ、ほんの少しでも希望があるならそれに賭けたいと思うのは自然かもしれません。
イヤイヤ、今の苦境を乗り越えれば最愛な時が蘇ると確信できるからこそですよね。
父と会うことができなくなった悲しさや枯れいくバラの花びらを数えて悲しむより、何かが変わる可能性を信じて互いを理解しようと思い合う気持ちが時を動かしはじめていって徐々に大切な存在へ変わっていく2人になります。
愛を知りはじめた2人であった一方、野獣の存在を知った村人たちの襲撃ですべてが壊れていって同時にバラは散ったのでした。
それを元通りにしたのは物乞いのアガットとなり、彼女は王子を野獣へと変えた美しい魔女になります。
王子には美しさとは外見だけではなくて内面にあると伝えたかったのでしょう。
本当にその通りで内面は誰の目にも映ることのない宝石みたいなものなのかもしれません。
互いに相手を思い合う気持ちはさらに輝きを放つためのエッセンスとなり、目に映る心の宝石はバラへとかたちを変えたと思うのです。
一輪のバラの花ことばにのせて「愛している」と、アガットは王子の心の成長をそっと見守っていた存在になります。
ポット夫人のやさしさにそっくりだし、ひょっとしたら王子の愛しているマザーなのではないでしょうか。
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